ドラム×音楽×ミニマリズム

主に20年近くドラムを続けてわかったことを発信しています。心理学・物理学・ミニマリズムなどを切り口にして、「楽器を演奏すること」を掘り下げて書いているのでドラム以外の楽器をプレイする方たちにも何かの参考になればと思います。【ジャンル】ドラム、音楽理論、ミニマリズム、時々書評や趣味など

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上手いと思われたいと思うと上手くならない?

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ありがたいことにこんなブログにも読んでくれる方がいるようで…

(いつもはてなスターを下さる方々にこの場を借りてお礼申し上げます)

 

改めて自分がこのブログで提供できるコンテンツは何か?と考えまして。

まぁ私より上手い(この上手いの定義もあいまいですが)ドラマーなんて星の数ほどいるわけなので…やっぱり長年続けてきた「経験」だろうと思った次第であります。

 

そして今回のテーマは、

「褒められたいと思うことの危険性」

という若干ディープなんだかマニアックなんだかよくわからないトピックについて書いていきます。

 

まぁドラムに限らず楽器を始めるきっかけってホント十人十色だと思います。

楽器を始めたころは、憧れのミュージシャン(私はアーティストという表記はあえて使いません)の曲に実家の一室で安い楽器で一緒に合わせるだけで恍惚に浸れて…

 

という感性爆発の思春期を通過し、次第に人前で演奏する道へと入っていく人が多いわけです。

 

しかし、この時点で「聴き手」という存在が自分一人で楽しんでいた音楽の世界に加わることになります。

(自分一人でDTMか何かで音楽を作れるだけで幸せ!!というケースは今回は対象外としますので悪しからず)

 

この「聴き手」という存在は何を意味するか?

今回は話を簡潔にするために「聴き手」を二つの場合に分けてみましょう。

 

①プロ・ミュージシャンを目指す:演奏の対価として社会的信用が数値化された「お金」をくれる人。

②アマチュア・ミュージシャンで自分の音楽を追求していく:ライブや音源にしても聴き手の「時間」を自分の演奏している曲の実時間だけ拘束する。この場合はビジネス色は限りなく薄いので、友人や知人が対象になる。

 

という具合で、①も②もどっちの場合においても、「聴き手」という存在が現れた以上、もう憧れのミュージシャンに自分を重ねた自分だけの甘美な理想郷のような世界は残念ながら存在しなくなるのです。

 

しかし、この理想郷の様な世界にいる状態で、「聴き手」という存在がいる世界に片足を突っ込むと、なにが起きるか?

それは、「理想」と「現実」のずれなわけです。

 

まず「理想」は憧れのミュージシャンと自分を重ねている状態(これを心理学では”理想化”と言ったりします)であり、自分は実はすごい才能を秘めていると思っているわけです。しかし、現実の自分の実力が追い付いていないとき、どのような思考に至るか?というと、

 

「とりあえず自分の現状の実力は置いておいて、”上手い”と言われたい」という思考に陥る可能性があるわけです。

と、ここまで書いたところで、「マズロー欲求階層説」というものを持ち出してみましょう(この学説は使い勝手がいいからか、とにかくいろんなところで引用されているので、一度は見たことがある方もいるのでは)

まぁそんなわけで、あえてこの場で詳細を述べるのもはばかられるのですが…一応ざっと紹介を。人間の欲求は、その低次元のモノから、

 

①生理的欲求

②安全欲求

③社会的欲求

④承認欲求

自己実現欲求

 

という具合で高次元の欲求へと上がっていくわけですが、今回の記事のテーマの話でいえば、この④の「承認欲求」というやつがとても厄介です。

つまり、④の承認欲求=他人から「上手い」と言ってもらえなければ、自分の理想とする憧れのミュージシャンに近づけない(つまり、これが⑤の自己実現欲求)という思考スタイルになると、これはちょっとよろしくないのです。

 

それはなぜか?というと、「主観と客観が混在する」ということなんですけど、

要するに、他人の評価を気にするあまりに自分の演奏の「客観的な」価値という視点が薄れていくわけですね。

 

なので、「自分の演奏は商品として対価をいただく程の価値があるのか?」「自分の親しい人の時間をもらってまでライブに招いて聴かせる程の価値があるのか?」という様に考えてみると、これがまた不思議と演奏に迷いがなくなってくるのではないかと思うのです(様は、現状の自分の演奏を客観的にみれるので、自分に対して過剰な期待を待たなくなるので)。

 

これだけ書くと、この学説を否定しているようにも見えますが、

まぁ人間の欲求はこの段階を踏む傾向?があるので、

たまには一歩引いて自分の演奏を見つめてみたらいかがでしょうかということですね。

 

というわけで今回は一話完結の記事でした。

ではでは。